(60代の主婦・口コミ体験談)

 

私は、自分があがり症であることを人に分かってもらえず、悩んだ時期があります。

特に子供のころは、自分があがり症ということの意思表示さえできませんでした。

 

「左利き」で、「天然パーマ」だったことを自分の欠点のように感じていました。

嫌味でなくてもその点を指摘されるのが嫌で、なるべく目立つことから避けて通るような子でした。

 

現代は、これらも個性と捉えてもらえる時代になりましたが、当時はやはりからかう人も多く、「なぜ駄目なのだろう」と思いつつ、何も言えませんでした。

 

赤面症と言った方がいいのか、恥ずかしいことが起こると下を向いて顔を赤らめてしまう。

そんなうつむきかげんな子供でした。

今の学校では自主性を重んじて、学芸などの役選びなどを立候補により選ぶ所も多くなったと聞いています。

 

私たちの頃は先生が出来る子を選ぶことが多く、私はいつも端役ばかりをしていました。

自分では目立たないのが安心できるポジションだったので、何の違和感もなかったのですが…。

 

しかし、小学校高学年になった頃、私の人生に変化が訪れました。

担任の先生が、私の運動神経がいいということで、ソフトボールのピッチャーに選んでくれたのです。

 

ピッチャーとして活動している内に、人前に出ることがそれほど苦手でなくなりました。

成人してからその時のことを元担任に話すと、以下のような返答が返ってきました。

 

「君は、人前に出て話すことは苦手だけれど、黙々と練習したり、努力することには一生懸命だったね。だから、君が自分に自信を持てるように、何か突破口になることはないだろうかと考えたんだよ。」

 

おかげで、スポーツでは人に引けをとることがなく、中学、高校で、どんなスポーツでもキャプテンとして頑張ることが出来ました。

しかし、多くの人の前に出ると赤面したり、どもったりする癖はなかなか治りせんでした。

急に何かをさせられそうになると、顔がこわばり、足もガタガタ震えてしまいます。

結局は大人になっても、会社の朝礼でうまく話せなかったり、学生時代から10年以上進歩していない自分に悩みました。

 

でも、現実を変えるには、一歩を踏み出すしかありません。

そのため、朝礼で話す場面では、頭が真っ白にならないよう必ず紙に書いてメモを読むことにしました。

 

何度も何度も練習したり、小さな子供たちへ読み聞かせをする人を募っているのを見てに参加し、そこでも練習をしました。

読み聞かせは、3人の子供に毎晩本を読み聞かせていたので少しは楽でした。

 

子供たちに笑われたり、野次を飛ばされるとどこまで読んだかわからなくなってしまうなど、情けない状態や、ハプニングはしばらく続きました。

しかし、今ではその頃のことを話しても誰も信じてくれないくらい人前に出られるようになりました。

 

今の私からのアドバイスは、どうしても避けられない状況になった場合、準備できる時間があるなら、自分なりの弱点攻略法を考え、出来る範囲でいいので克服の努力をすることをお進めします。

 

多くの場合、本当にできないのではなく、「できない」と諦めている自分がいるのではないかと思います。

私自身、あがり症を克服できたのは、自分を理解してくれた先生や家族に支えられて、自分を変える努力を続けてきたからでした。

 

悩んでいることを話せる人がいるなら、相談して克服できる方法を考えてもらうのもいいと思います。

まず自分を信じて、次に周りにいる誰かを頼って、あがり症を克服される応援しています。

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